日本財団 図書館


り上がってきたころ、カウンターの向こう側に座っていたある中年の男が、私の横にそっとグラスを持ってやって来た。そして、私たちが「しんかい6500」のチームであることを確認するかのように海底の様子などを聞いてきたので、私は丁寧にその質問に答えていたら、彼は意を決した様子で声を潜め、私の耳元でこう囁いた。「私の家は先祖代々この清水に住んでいるのですが、我が家にお宝を満載した千石船の沈没位置を印した海図があります。もちろん我が家以外の人は知らないのですが、今お話を伺った『しんかい6500』ならそのお宝を引き上げれるのではないでしょうか、どうです私と一緒に組みませんか」。
その話とそれを話す名も知らない男の真剣な目に私はびっくりしてしまい、一瞬どう答えていいのか口ごもってしまった。場末の盛り場に、海での一撰千金を夢見る真剣な男たちがいる、まさにここ清水が港町だからであろう。また、この夢が何代にもわたり、ある一家の秘密として語り継がれているところが清水港の歴史を物語る。残念ながら小心者の私は、しどろもどろで「しんかい6500」は私の自由になる船ではないとか言い訳をし、その場を辞してしまった。ああ情けない、この程度で怖じけ付くとは、まだまだ私は海を相手にするには器の小さい青二才だ。バルパライソのキャプテンには程遠い。
少々話がそれてしまったが、海底の話に戻ろう。ウッズホール海洋研究所のアルビン号には2人の研究者が乗船できる。しかし、「しんかい2000」「しんかい6500」またフランスIFREMERの「ノチール」は前に書いたとおり1人の研究者しか乗船できない。私は、基本的にはこの方法が正しいと思う。なぜなら、ただでさえもいろいろ注文の多い研究者が2人も乗船したら、我々のようにサービス精神旺盛で心優しいパイロット1人では収拾が付かなくなってしまう。また、潜水船の小さい、それも1個1個、斜視のようにあっちこっちを向いた窓それぞれに、最高の眺めを提供することは絶対不可能だからである。実際、我々の常連客である地質関係の日本人研究者が束太平洋海膨で初めてアルビン号に乗船した時、素晴らしい露頭の見られる崖を下から登ったにもかかわらず、彼は素晴らしい東太平洋の深海底付近の海水しか観察できなかったそうである。しかし、研究者が1人ということで弊害もたまには起こる。
我々の潜水船の場合、その日の潜航目的はただ1人乗船する研究者の専門分野で決ってしまう。つまり地質が専門の研究者なら、できるだけ新しい崖で基盤岩の露頭を観察し、できればその崖から岩石をもぎ取ってくること。また生物が専門の研究者ならもちろん生物が現れなければ話にならない。しかし、皮肉なことに海面からの調査で崖があるはずの潜航地点に地質関係の研究者が潜ってみると、すべてが生物の多い泥の斜面だったり、生物の研究者の潜航が素晴らしい崖と露頭の連続であることは日常茶飯事である。もちろん生物の研究者にとって潜水船が着底もできないような崖は望んだ場所ではない。人間の人生と同じで、潜水船の潜航もそれぞれ思うとおりには事は行かないものである。
研究対象物が思うように現れないということに関して、私には懐かしい思い出がある。もう15年近く前「しんかい2000」の本格的な調査潜航が始まったばかりの頃、場所は駿河湾、潜航者は地質関係の研究者で幸運なことに垂直の基盤岩の崖に遭遇した。あまりに見事に切り立った崖で潜水船を止めることができないことから、マニピュレータでの岩石採取は不可能であった。研究者もそのことは理解してくれたため、「しんかい2000」はその崖に沿って、研究者側の窓を崖に向け研究者自身の目とテレビカメラによるビデオ撮影を入念に行うこととし、ゆっくり崖に対して平行に観察を始めた。すると、みなさんもご存じ深海底のひょうきん者「ユメナマコ」がどこからともなく潜水船と崖の間にやって来て、物珍しそうに潜水船を覗き込み始めた。もちろん彼らには目はないだろうが、私にはそんなふうに彼の行動が見受けられた。
「しんかい2000」は「しんかい6500」と違い、水平スラスタを持たないので、きょうのように崖に平行に移動することは非常に難しい。したがってこの時もたまたまいい具合に流れていた潮流に船を流し、「しんかい2000」は崖に沿って流れていたというのが正解であった。そのため、その好奇心旺盛なユメナマコ君はどこまで行っても潜水船と崖の間を我々と一緒に漂うこととならてしまった。崖にしか興味のない研究者には全く彼のことは目に入らないようだったが、我々はそのユーモラスだがどう兄ても我々の邪魔をしているとしか思えないユメナマコがおかしくて、笑いを堪えるのが精一杯であった。潜航後ビデオ映像を楽しみにしていたその研究者が、崖を撮影するのに一番いいアングルの時、何度も現れるピンぼけのユメナマコに激怒したことはみなさんも想像できるであろう。
この事件には後日談がある。名誉あることになんとこの時の写真が、海洋科学技術センター本館ロビーの壁に大きく引き伸ばされて飾られた。もちろんタイトルは『ユ

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION